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中央と地方中枢都市との関係』 
なぜ「地方の時代」と叫ばれているのか  庵田 董
       
 最近「21世紀は地方の時代である」という言葉を聞く。戦後の東京への人口・産業の集積はとどまることを知らず、現在においても首都圏への人口移入は続いている。それでもこの言葉は「地方分権」といった法整備とともに、現実味を帯びたものとして私たちの目の前に現れつつある。一体どうしてこのように地方がもてはやされるようになったのか、私は中央と地方との関係からその答えを導き出してみたいと思う。
 まず中央にとっての「地方」とは一体どういった存在であるのか。ひとつには重要な税収源であることは間違いない。中央都市から得る税収の方が効率のよいのだが、東京都だけでは約1000万人、全体の12分の1にも満たず、ここだけでは国家財政を維持することはできない。
 つぎに重要な資材・食料源だといえる。東北や北海道は日本の代表的な穀倉・酪農地帯となり、首都圏の食糧不足を補っている。紀伊半島や飛騨地域からは木材を、中国地方からは石材または鉱物を供給している。かつては北九州や筑豊から石炭が全国の工業地域へと供給され、重要な資材供給源としての任務を果たしていた。そして人材の供給源だと言うこともできる。優秀な人材の多くは中央に移動し、首都の機能向上に役立っている。
 このような状況下において、人口が、資材がそして情報が中央に集積していくことは仕方のないことであった。政府がこれまで地方に行ってきた大規模な事業は、地方のためというよりは、中央と地方との縦の結びつきを強め、より「中央にとって便利な地方」になるためのものであったのではないだろうか。
 しかしここで私は「均衡ある国土の発展」について述べる気は更々ない。現在の過剰な首都圏への人口移入はともかくとして、ある程度の中央都市への集積は力を持った近代国家としては当然あるべき姿であり、首都圏への重点的な投資も発展途上の国家段階では仕方のないことであった。そして現在日本最大の人口集積地帯に対する環境改善のための設備投資は、国家としてやらなければならないことのひとつである。
 ただし、私は首都にすべての人口を集積させ、残りを農業地帯にするという考えは持っていないので、首都近郊のみを重視する考え方には異論を唱える。これだけの国土を、そしてそれぞれの地方に生活する人々を有効に利用しない手はない。ここで私が述べたいことは「地方の分業」である。
 中央にとっての地方の役割として現在注目されているものに、「首都都市機能の補佐」、特に「他国都市との国際交流」がある。たとえば新潟は日本海を挟んでロシアに間近であり、福岡は東京よりも韓国・ソウルに近く、交流に便利である。 このような面においては、東京はこれら都市に役割を譲った方がよい。東京が首都として、また国際都市としてすべての都市機能をカバーするには限界があり、利便性やゆとりの上でも地方都市にその役割を分担した方が、都市に住む住民にとっても企業にとっても負担が軽いものとなるのではないだろうか。こういった考え方の上に「地方の時代」は成り立っているのである。
 九州は「シリコンアイランド」といわれる、電子精密機器の生産拠点となっている。中国地方は石油化学工業のコンビナートが集積し、東北においても電子機器の工場が増えている。国内だけで物事を考え、競争する時代は過去のものとなった。今や「日本」、または「アジア」というひとまとまりのグループで、世界を相手に対等に渡り合っていかなければならない時代である。こんな時代だからこそ各地方はその地力を蓄え、世界のより豊かな発展に寄与していかなければならないのではないだろうか。いつまでも中央に頼り続けていては地方はそれこそ活力のない「空白地帯」となってしまう。「国土の末端地帯」は「国土の先端基地」として国際社会に寄与していく時代、それが「地方の時代」であると私は言いたい。
 
 
【参考・引用】 1998『日本の国土計画と地域開発』山崎朗 東洋経済新報社

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